現実恋愛短編集。 学園ものできゅんとするアオハルストーリーから、大人になって恋に落ちる――なんていう『有りそうでなさそうな』作品を集めた作品集。 オムニバス形式で、色々な恋愛をあなたに。
더 보기必死に頑張って、就職氷河期と呼ばれている中、自分が入りたい会社へとどうにか滑り込み入社できた。
俺は現在24歳会社員。花形と言われる営業職どころか、日陰の庶務管理課という部署で毎日雑務に追われる生活をしている。名前はあまり会社の人にも覚えられてはいないけど、三門徹《みかどとおる》という立派なものを持っている。 とはいえ、生まれた家は立派な家柄とかじゃなくて、平凡なサラリーマン両親の元に生まれただけの、本当にどこにでもいる一般人。――こんな会社に入れただけでも、満足しなくちゃいけないんだけどね……。
などと考えてはいるモノの、仕事の方が順調かと問われると、全然ダメ……とは言わないまでも其れなりにはこなせていると思う。そういうのも、この会社に入って既に2年が経過しようとしているのだけど、一向にやる気が上がらない。
その原因になっているモノは分かっているんだけど、既に自分では対処のしようがないのだ。「徹君聞いてる?」
「は、はい!! すみません!!」 「まったく!! 昔からそうだったけど、もう2年目なんだからしっかりしなきゃダメよ?」 「……本当にすみません……」 我が課の中に入って来て、色々な事を頼んできていた1歳年上の先輩、下条楓《しもじょうかえで》さん。 スーツを着ているからというのもあるけど、体のメリハリがよく分かる上に、少し茶色がかった腰まで伸びた長い髪。小顔と言えるほど小さな顔に整ったパーツを備えている。 もちろん会社の男性陣も彼女の事をみんなが狙っている。所謂会社のマドンナ的存在。それが彼女。容姿だけでは無くて仕事の能力も高いと来ている。所属している開発部の中では次期エースとしてその名が上がるほど、会社の中では有名な人なのだ。「ちょっと!! 徹君さっき言ったのにまだやってないの!?」
こげ茶色の混じった大きな瞳を俺に向けながら、驚きの声を出す下条さん。 「す、すみません!!」 「まったくもう……あなたは変わって無いわね。高校の時から……」 そんな事を言いながら大きなため息をついて、くすくすと笑いだした。俺と下条さんは同じ高校の先輩後輩。なので知っている仲ではあるのだけど、それだけの関係ともいえる。
――俺には憧れの先輩で有る事は変わらないけどな。
下条先輩との出会いは俺が高校へ入ってすぐの事。 その日、朝いつもの時間に起きることが出来ず、少し遅れて目覚めてしまった俺は、慌てて家を出て急いで学校へ向かっていた。 そんな道すがら、自分が向かっている先から同じ学校の女子生徒が、学校とは反対方向へと向かっているのを目にした。その隣には大きな荷物を抱えるご老人の男性の姿も見える。 よく見ると、同じ学校の女子生徒も大きな荷物を持っていて、それが学校へ持って行くものでは無い事に気が付いた。つまりはご老人の荷物を持ってあげていたのだ。――どうしようか……。見ちゃったからには黙ってそのまま通り過ぎるのもな……。
瞬間に体が勝手に動いていた。「あの!!」
「え!?」 先に声を上げたのは生徒さん。 「何かご用ですかな?」 その後に男性が返事を返した。「その荷物を持たせてください!!」
「はぇ!?」 変な声を出しているのは生徒さんだが、その声を気にする事なく、二人から返事を聞かないうちにひったくるようにしてその荷物を持った。そしてそのまま二人に問いかける。 「どこまで行くんですか? 俺も一緒に行きます」 「おぉ……ありがとう。心遣い感謝する」 ご老人は深々と頭を下げ、俺に感謝を伝えてくれる。彼女は何も言わずにジッと俺の事を見ていた。 そのまま行き先を聞いた後、三人揃ってその場所へと一緒に歩いて行く。 持っている荷物は凄く重かったけど、男性が凄く感謝を伝えてくれるので、弱音をはいてはいられないと頑張った。「下条楓……」
「はい?」 どうにか落とさない様にと気を付けていると、ぼそっと声が聞こえて来た。 「私の名前……〇〇高校2年の下条楓。あなたの名前は?」 「あ……俺は1年の三門徹です」 「そう……三門……徹君ね。ありがとう」 「いえいえ。困っている人を見かけて手伝わないわけにはいきませんでしたので」 「優しいんだね……」 俺の方から顔を背けたまま、下条さんは小さな声でそんな事をつぶやいた。 そのまま目的地までは、男性の話を聞いたりしながら進んでいき、無事にたどり着くとお礼をという男性の声をどうにか押しとどめ、俺と下条先輩は学校へと向かい歩き出した。向かう間に会話したことはほんの二言、三言ぐらい。
学校に着いてからは行き先が違うのでそれきり別れてしまった。 それが下条先輩との初遭遇。その後、学校の中でアイドル級に人気の人が居ると、同級生の中で話題になると、俺もその話題の人をこっそりと見に行った。するとそこに居たのは以前一緒に二人きりで歩いたことのある下条さんだった。驚きはそれだけじゃなくて、偶然にも委員会という関わり合いたく無いものに割り当てられてしまった物へ顔を出したら、そこにも下条先輩の姿があったり、何かイベントがある度に下条先輩の姿を目にすることが多かった。
そうなると、彼女の容姿もそうだが、その能力の高さを目の当たりにするようになる。下条先輩に憧れを抱くのに時間はかからなかった。
先輩が高校を卒業するまで、偶然は重なって、下条先輩と一緒にいる時間は増えたが、その分だけ憧れの情念は増していった。大学に進学するときも、下条先輩の後を追う事も考えたのだが、あいにく自分にはそんなスペックは無かったらしく、希望したところはものの見事に惨敗。結局は遠くの大学に進むことになり、引っ越し先で4年を過ごしている間に先輩の事を忘れるかとも思ったが、自分の想いと気持ちは別物だったようで、いつまでたっても消えることが無いまま、就職活動する時期に来ていた。
偶然にも、大学の先輩が就職した先の話の中に、下条先輩の話が出て来て、俺は迷わずその会社にエントリーシートを送った。 なんと自分でも驚いてしまったが、すべてをパスした俺は見事に入社することが出来た。喜んで研修を終え初出社を果たした俺は、その大事な初日に絶望することになる。関連する部署へとあいさつ回りをしている時に、またも偶然遭遇した下条先輩。久しぶりに合った先輩も俺に気が付いたのかニコッと笑顔を向けて手をちいさく振ってくれた。
しかし俺はその時に見てしまったのだ。
彼女の左手薬指できらりと光る指輪の存在を――。――え……? そんな……。
そしてその時に気が付いた。先輩に憧れていたと思っていた感情。その感情が憧れではなく恋愛的な感情に変化していたことに。それからというモノ、仕事の事に関しては自分ではうまくやれていると思っている。出来る事はまだ少ないけど、今できる事を一所懸命にこなす事は出来ているはず……。
「はぁ~」
「どうしたんだい?」 思わずついたため息に、同僚である主任が気付いて声を掛けてくれる。「いやぁ……最近ですけど、気になっていた人がもう結婚していたことに気が付いちゃったんですよ……」
「あぁ……それは残念だったね。でもすぐに切り替えて別な人を探せばいいじゃないか」 「それがですね……。その人とは毎日……というわけじゃないんですけど、顔を合わせる事が多くて、その……」 「どうしても断ち切れない……そういう事?」 「はい。そんな感じです」 うーんと唸りながら考えこむ主任。「ならさ、今度合コンとか行く?」
「え?」 「合コン。近々あるんだけどさ、一人くらいならねじ込むことが出来ると思うよ」 「そうなんですか……」 しばらく考え込む俺。すると声が掛けられた。「とお……。三門君、合コンに行くの?」
「へ?」 声のした方を向くと下条先輩が何とも言えない表情をして立っていた。 「行くの?」 「……どうでしょう? 考え中ですね」 「そうなんだ……」 俺の返事を聞いた下条さんは、しょんぼりとした感じで俺たちの話から離れていった。「下条さん……どうしたんでしょう?」
「さぁなぁ……。それよりも考えておいてくれよ」 「わかりました」 主任が俺の肩をバンバンと叩きながら、自分の仕事へと戻っていった。――なんだったんだろ?
先輩の事が気になるけど、今の先輩には関係ないはずの事なのにと思いなおし、俺も自分の仕事に集中することにした。それから数日が忙しいように過ぎ、街の中も緑と赤色の装飾を目にするのも慣れてきたころ、仕事中に主任が俺に近づいてきて耳打ちする。
「今度の土曜日な」 「はい?」 「だから、この間言ってた合コンだよ」 「あぁ……あれ、本気だったんすね」 「当たり前だろ? もうすぐクリスマスだぜ? ここらで彼女作りたいって思うだろ」 異様に気合の入っている主任を見て少し引いた。 一つ大きなため息を吐く。――そうだな。気持ちのけじめとしてもいいかもしれない。
「わかりました。事前に時間とかの連絡をください」
「おお!! 決心したか!? わかった。じゃぁ後でな!!」 主任が自分の席へと戻っていく。その背中を見ながら、俺はまた一つ大きなため息をついた。 予定された土曜日は数日後。それまでに自分の気持ちをどうにか落ち着かせなければと、自分に強く言い聞かせるのだった。 「どうして先輩がここにいるんですか!?」 目の前に座っていた合コン相手といわれた中の一人。その中に思いっきり見慣れた女性が座って俺の事をじっと見ていた。 結局気持ちを切り替える事も、先輩を忘れる事もできず中途半端な気持ちのままで、主任に言われていた集合場所へと先にたどり着いた俺は、腕時計で時間を確認しながら、大きなため息をつきつつ主任の到着を待っていた。「遅くなったな!!」
「主任!!」 声を掛けられて、主任の方へと顔を向けると、いつも会社の中で見かける人達の顔が見えた。 「さあ行こうぜ!!」 「……はい」 肩をバンバンと叩かれ、その方をさすりながら主任の後へと付いていく。歩きながら、会話をしていると数分で目的の店へとたどり着いた。そして連れられて入った店の中――。
予約している場所にもう着いて座っていると、主任には連絡が入っていたようで、その場所へと店員さんに案内されると、数人の女性が座っているのが見えた。 促されるままに席へと移動する俺たち。俺は最後に今回のメンバーになったという事もあって、端の席に座ろうとみんなが座るのを見届け、空いたところに腰を下ろす。そして顔を上げると――。
そこで先ほどの言葉へと繋がる。 「どうしてって……わたしも今回参加者の一人だから? ……かな?」 そう言いながら首を傾げる下条先輩。「いやだって……先輩はもう……」
彼女の左手に光る指輪を見ながら俺は言葉に詰まる。 「あぁ……これ? これは男避けだよ」 「え?」 俺の視線に気が付いた先輩がニコッと笑いながら答えた。そんな会話が合コンの始まりになって、そこからすぐに盛り上がりを見せ始めた合コン。俺は先ほどの言葉が気になって、他の人たちの会話なんて耳に入ってこない。
「ねぇ下条さん、どうして今回参加したの? いつも誘ってるのに断ってたじゃん?」
主任の質問に周りが一瞬で静かになった。そして視線が先輩の方へと集まる。そんな視線をいっぺんに受けた先輩は、ニコッと笑顔になってそれにこたえる。「うぅ~ん……。そうね。わたしには心に決めた人がいたのよ」
「決めた人が……いた?」 「そうそう。だからこんな事をして、余計な事を言われない様にして来たんだけど……」 そう言いながら俺の方へと左手を見せ、視線を向ける先輩。「その人が何か合コンに行くとか言ってるじゃない? だからね……もう待たないことにしたの」
いうが早いか、先輩が俺の方へとスッと席を立って移動してきたと思ったら、グイっと俺を席から立たせ、その勢いのままに俺の唇を塞いだ。
――なんだ? 何が起こってる!?
口を塞がれたまま混乱する思考回路。ぷふぁっ!!
そんな言葉と共に、ようやく離れた先輩の顔は凄く朱に染まっていた。 俺以外の周りがどっと囃し立てる。しかしそんなどよめきにも悲鳴にも似た声は俺には届かない。「徹君……もう離さないからね」
「え? でも……先輩結婚して……」 「さっきも言ったでしょ? これはあなた以外の人を遠ざけるための男避けだよ」 そう言うと俺の言葉を塞ぐように、また先輩から口を塞がれた。そしてそのまま俺の背中に先輩の腕が回る。 宙を浮いたままの俺の腕も、自然と先輩の背中に回って、先輩の体を強く抱きしめていた。 あの後はどうなったのかよく分からない。合コンをぶち壊した戦犯とまで言われたのだが、どうやら俺たち二人だけの世界に入ってしまった事で、場がしらけてしまい、一次会で解散になったらしい。 俺と下条さんはというと、その場ではもう何も言う事は出来なかった。その日は解散する人たちとお互いに帰ったのだけど、翌日の日曜日に改めて二人だけで会う時間を作った。週明けの会社ではもう大騒ぎ。会社のマドンナが、まだ未婚だったことにも驚きもあったようだが、それ以上に恋人になったのが、今まで目立つ事の無かった部署も違う俺である事。それが一番の衝撃だったようで、会社中の男性陣からの視線が突き刺さる様に痛かったのを覚えている。
「ねぇ……恥ずかしかったんだよ? あの時」
「そうなの?」 「だって……初めてだったし……」 俺の肩に頭を預けながらつぶやくように小さな声で語る先輩。 うるさい人のいない昼休憩時間の公園。木陰になっていて少し肌寒い風が通り過ぎていく小さなベンチに、二人で腰を下ろしている。――いや……もう楓だな……。
「楓……」
俺は彼女へ視線を向ける。彼女は少しはにかみながら俺の方へと顔を向けた。そっと頬へ手を回し、そのまま今度は俺から彼女の唇へ――。 憧れの女性はもう居ない。 いや実際にはまだ憧れているという気持ちがない訳じゃない。だけど気持ちは変わって行くもの。憧れていた人はもう護りたい人になっている。その下条先輩《女性》は俺の恋人になったのだから。
「なぁ柏崎……」「なぁに?」 振り向いた私の姿に、池谷が少しだけ顔を赤らめスッと視線を外す。 鈍い池谷を強引にデートへと誘った私は、そのデートの最中である。 日常で見ている学校の制服と違い、池谷は黒ジーンズに青いニットのセーターを併せ、ジャケットをその上に羽織るという、いつも通りと言わんばかりの格好。 私は初デートだからと、この時の為に買った薄いピンク色のワンピースを着て、その上にふわっとした印象を与えるようにと白いセーターを着ている。足もとも歩き疲れない様にと悩んでショートブーツ。 自分なりに目一杯おしゃれしてきたつもり。――ちっともこっちを見てくれない……。 私の方へと視線が向きそうになると、無理にフイっと顔を背けてしまう池谷。どこか変なのかなと不安になってしまう。「そろそろ休憩しないか?」「うん……そうだね。そうしよっか!!」 池谷の好みもまだ良く分からない私は、初デート場所として近くにあるショッピングモールへと池谷を連れて来た。 お店を見て回るうちに池谷の好みも聞きだせるし、一石二鳥かな? という考えから選んだのだけれど、私の目論見は直ぐに外れる。「俺……目当てのモノを買う為に来る位で、買ったらすぐ帰るから、あんまり興味ないんだよな。服とかもそうかな」「はぁ!?」 などという会話をお店の立ち並ぶ通路の真中で、池谷に「ぶっちゃけさ」と言われてしまったのだ。 とはいえ、せっかく来たのだからと、池谷を引きずる様にしながら二人で見て回る。私は気になってしまった物があると、そこで結構時間をかけてしまうので、池谷は飽きてしまったのかもしれない。「ちょっとトイレ行ってくるよ」「え? あ、うん……」 モール内のカフェに入り、空いている席に私が荷物を置いた瞬間に、池谷はそう言って私から離れていった。
「ねぇ池谷……」「なんだよ?」 わたしの斜め後ろの席で、私の方へと顔を向けながらぶっきらぼうな返事をする池谷。「私、次の日曜に暇なんだけど?」「あん? 出掛ければいいだろう? 柏崎は友達多いんだから……」「はぁ……」 池谷からの返事に大きなため息を吐く。――いや、分かってたけど……ここまで鈍いとは……。 私は心の中でまた一つ大きなため息をついた。 池谷を他の女子達がどう思っているのか知らないけど、私は昔から良い奴だという事を知っている。とはいえ幼馴染という訳でもなく、住んでいる場所もちょっと離れているので、学校で顔を合わせるくらいの関係。一緒のクラスになった事もない。だから高校で池谷と同じクラスになれた事で、自分の部屋の中で大声で喜びの絶叫をしまったのは内緒だ。――しょうがないじゃない……。好きなんだもん……。 結局は、あの後も進展のないまま一日が終わってすでに放課後。独りでとぼとぼと帰り道を歩いていると、少し離れた前を池谷と、私の席の隣で唯一池谷と仲がいい友永《ともなが》が歩いていた。静かにその後を追う私。 家路の途中にあるコンビニに二人で入って行くので、そのまま後を追い、隙をついて友永に語り掛ける。「友永……」「うお!! なんだ柏崎かよ……」「何してるの?」「飲み物買いに寄ったんだけど……?」 友永がそう言いながら、何やらニヤッと笑う。「ははぁ~ん?」「なによ?」「たぶん漫画読んでるぞアイツ」「…………」 無言で友永を睨む。「じゃぁ後は宜しくな!! 池
目の前の席にて、俺の方へ椅子の背もたれに両腕を乗せながら、微笑む女の子にジッと見つめられている俺、|池谷晴弘《いけたにはるひろ》は現在戸惑っている。 外吹く風も枯葉を巻き込み吹きすさぶ季節の、午前中のとある休み時間。授業の繋ぎ時間だったはずなのだが、とある陽キャ達によりその状況は一変する。「おい、今日の獅子座生まれと魚座の人と進展ありって書いてあるぞ。お前魚座だったよな?」「いや、惜しいけど俺みずがめ座」 男なのに星占いを気にするなよなどと言葉で盛り上がりを見せる、陽キャクラスメイトを遠巻きに眺めていた俺。――そんなわけねぇだろ……。 心の中で悪態をついていた。心の傷はそう簡単にうめられるもんじゃないんだぞ!! などと思ってしまう俺。奴らは知らないとは思うが、実のところ俺は獅子座生まれなのだ。「おい!! 誰かクラスの中で獅子座生まれいないか?」 盛り上がっている生徒の中の一人が声を上げた。 「俺がそうだけど!!」「わたしも!!」 男女問わず声が上がるも、勿論俺が声を上げる事は無い。「池谷」「ん?」 俺の前に座っていた唯一の友達が、俺の方へ顔を向けつつ話しかけて来た。「お前、獅子座生まれだったよな……」「そうだけど……なんだよ?」「いや……」 チラッと俺から視線を外すと、ぼそっと言い捨てて前方へと向きを戻した。――なんだコイツ。 そんな事が有ったその日の昼休み。 件の友達が、その隣に座っている女子生徒に話しかけていた。チラッと確認する俺。時折その友達が俺の方をチラッと見るので気にはなったが聞く事はしない。 そして頷きあうと、俺の肩をポンと一叩きして教室から出て行った。――なんだ? 去って行く後ろ姿を見ていると、近くから声が掛けられる
俺、池谷晴弘《いけたにはるひろ》は現在とても集中している。 我が高校では、秋のイベント体育祭の真っ只中である。行事の中では修学旅行などと並び大行事なわけだが、ウチの高校ではこの体育祭が一番盛り上がるといっても過言ではない。 それはナゼか――。 種目の一つに借り物競走というモノがある。普通の借り物競走は、色々なものを会場内から借りてきて順位を争うわけだが、ウチの学校でも普通の借り物競走もある。しかし、そのレースの中で2つだけ特殊なものが入っている。 それが『告白レース』と名付けられているモノ。 簡単だ。男女1レースずつ。好きな人が居る人しか出場する事ができない。 そしてその出場者が好きな人を連れてゴール出来たら、告白成功で順位がきまる。中には撃沈する人もいるが、その場合は棄権扱い。もちろん順位はない。 そんなわけで、現在はその女子レースが行われる準備段階に入っているのだが、どうして俺がここまでレース前の段階で集中している理由。 もうお分かりの通り好きな子が出る予定だから。 それがクラスメイトで、周りからは地味子といわれている丸眼鏡が良く似合う、黒髪ロングをポニテにして存在なさげにしている|小向比奈《こむかいひな》さん。 いつもは髪をバサッと下ろしているので、あまり知られてないが、実は凄くかわいい子なのだ。――まさか彼女が出るなんて……。 高校生ともなれば好きな人が居ても普通の事。でも小向さんが男子と話をする事はあまりない。というよりも、地味子といわれるくらいだから、あまり話をしようと近寄る生徒も男女問わず少ないのだ。「俺ってことは……ないよなぁ……」 本音が零れる。 周りは雰囲気に熱気を帯びているので、誰も気づいてはいない。それはクラスのマドンナが出場しているという事もあるんだけど。 そうこう考えている内に、もう彼女の出る順番が回ってきた。
自慢するわけじゃないというか、恥ずかしい話だけど高校二年生になった今に至っても、彼女が出来るどころか、クラスの女子達との会話でさえままならないというのが、|常盤正英《ときわまさひで》という男子高校生である俺の客観的立場から見た評価だろう。 事実、朝登校してから女子と会話することなく一日が終わるというのは毎日恒例だし、何か用事があって話さなきゃいけないときも、余計な事など言える訳もなく、本当に用事をこなすだけの会話しかできない。 そんな俺だから、自分に『彼女が出来たらしい』という噂が上がっている事にかなり驚いたのは言うまでもない。事の起こりは、何も起きない一日を十分に謳歌していた平日の昼休み時間だった。「おい正英!!」「ん?」 声を掛けてきたのは一年の時からのクラスメイトで、俺は一方的に友達だと思っている|吉田疾風《よしだはやて》。クラスの女子達からも、甘いマスクにふわっとした血筋譲りの茶色い髪を無造作に切りそろえただけなはずなのに、モデルをしていてもおかしくないと評価されている、所謂《いわゆる》一軍に所属する男子だ。ただ本人はそんな外野の声を気にした様子はなく、陰でも陽でも分け隔てなく接して誰とでも仲が良い良い奴なのだ。 ただなんでも、自分の中で流れる欧州血筋の先祖返りの影響で、天パぎみの髪の毛が悩みの種だと、ちょっと影を落としながら話した時の顔は怖かったのを今でも忘れない。「おまえようやく彼女出来たんだって!?」「はぁ!? なに? 嫌味か?」 昼休みの休憩時間に、購買人気ナンバーワンの焼きソバパンと第二位のナポリタンパンをゲットしてほくほくした心でかぶりついていた俺の前に、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、前の席の椅子をガタガタと大きな音を立てながら引き、そこに勢いよく俺向きになりながら座る疾風。「か・の・じょ!! できたんだろ? 隠さなくてもいいだろ?」「いやいやいや!! 隠すも何も……出来てないし……」「はぁ
その女の子《ひと》は放課後、皆が帰る背中を見ながらいつも一人っきりで誰かを待っていたんだ――。 突然だけど、学園のマドンナと呼ばれる存在が自分たちの通う学校に居るだろうか? 俺、日立春花《ひたちはるか》が通っている双葉学園高等部には、誰もがその存在を知っている女の子が存在する。 学校自体はそんなに特徴のある学校じゃない。進学校として名が知られているわけじゃないから生徒の学力もそこそこだし、スポーツに関しても何年か前に野球部が県のベスト16に残ったというのが唯一の実績。つまりあまり力を入れているわけじゃないって事。 ただそんな我が学園にも有名な事はある。それがこの学園のマドンナの存在だ。 名前は確か……七瀬茜《ななせあかね》さんだったかな? 普通といっても差支えの無い学園内でも学年ではいつも成績上位に入り、運動をさせればトップクラス。そして何よりもどこぞのアイドルグループにいても遜色のない程の容姿端麗らしい。それでいて誰とでも分け隔てなく接してくれるという事で、自分の学校の中だけじゃなく他校からもその存在をわざわざ見に来る人が居るほど、その子の事は有名なのだ。 どうしてらしいなんて言うのかというと、勿論平凡な学校の平凡な生徒の一人であり、あまり目立つことの好きじゃない俺には、その存在自体と全く関わり合いが無いから。 だからその子の事は、噂は耳にする事が有る。あるけど実際に話したことが無いからどんな子なのか分からない。 もちろん偶然にも同じ年に入学したのだから学校内でも見かける事はある。その程度の間柄ともいえる。こちらは向こうの事を知っていても、向こうは俺の事など存在すらも知らないだろう。 そういう関係――なんて事も言っていいのか分からないけど――が既に2年過ぎた今でも続いている。――住んでいる世界が違うとはこういう事だろうな。 なんてことを思いつつ、今日も仲良くなったクラスメイト数人と放課後になって遊びに行くため、一緒に昇降口へと降りていく。「おい……
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